07


透けるように輝く銀髪。世界の淀みを除くような、澄んだ青色の瞳。
舞うように放たれる力に、周囲を圧倒できるほどの冷気。
兄は同胞達の中でも、容姿能力全てを併せて飛び抜け美しく素晴らしい男だと聞いていた。否、実際少女もそう思っていたのだ。
同じ色の髪と瞳を、増してや同胞として以外の兄妹の血も繋がっているはずなのに、全てが兄に並べず、勿論到底適わない。
兄は同胞たちの中で名の知れた存在であっても、皆は少女を“妹”としか知らない。
羨ましい兄。憧れの兄。
世界の何もかもがそんな兄中心で、そしてそれを誇れる自分も嫌いではなかった。


*


兄の遺した社へ案内した少女は、取り敢えず夜継とそれにしがみついている白雪という名らしい男を中へ上げた。
階段を数段上り、寂れた賽銭箱を中心にして、鳥居を隔てて木々に囲まれながら造られたこの森の中心。
中には襖を隔てた部屋が四つあり、全てに繋がる一つの大きな部屋には雪女且つ雪男が極たまに調理や傷の手当てぐらいにしか使うことのない囲炉裏が用意されている。

本来雪男などであれば寧ろ真冬の日ぐらいが快適な温度に感じられるのであろうが、どうやら夜継の連れる彼はそうではないようだ。
先ほどから細い身体をか細く震わせて、少女が隣の部屋から持ってきた供え物のとして手に入れた着物を羽織っても尚、自ら肩を抱きながらひたすら夜継に身を寄せている。
ぼんやりと開く瞳は、虚空を眺めては時々警戒するように少女へと向けられ、長い睫毛の下ふわりと閉じて、とそんなことを繰り返す。
こんな風な雪男もいたのだと、初めて思う。

『そしてあの、話というのは…?』

部屋の隅に胡坐を組んだまま、夜継がいつまでも白雪の頭を撫でて唇を開いてくれないので、仕方なく少女から話題を切り出した。
兄がいなくなって訪れる沢山の妖と話をしたが、どれもこの森を譲ってくれだとか長の妹ということでこちらの森に来ないか、とかどれも吐き気がするくらいつまらない内容だった。
力ずくでのものもあって、それこそ殺されるのではないかと思ったこともあったくらいだ。
その度に何度も数少ない知り合いに助けられて生き延びてきた。もうそんな頭が痛くなる話は出来ればしたくない。
しかし夜継は兄を失った少女にではなく、その兄を求めてここにやってきたのだと言った。
それに傍らにいる、この麗しい雪男のこともひどく気になる。
少女同様であまり同胞と話したことがないとも聞いた。

『あぁ。この雪男――白雪について何か聞ければいいと思って。あんたの兄はひどく知識もあり、頭の回転も良いと聞いた。あんたはそういう知識が、あったりするか?』
『い、いいえ。生憎私には兄のように特別長けた部分は…』
『そうか。でも雪女としての同胞に関する知識はあるだろう』

夜継の変に優しい声色に、最低限でしたら、と返事する。
血縁のない同胞に会った回数が少なくても、勿論故郷はあるわけで兄からの話も始めとして一応“雪女”として恥ずかしくない程度には心得ているつもりだ。
それが彼らの欲するものはわからないが。

『…それを、提供しろって言うんですか?』

だがもし無闇に話して、それがきっかけで被害などが出たらとてもではないが少女一人では責任を負えない。

『違う』

けれども夜継は、そんな少女の思考を見破ったかのようにすぐにその言葉を否定した。
合わせて隣の白雪が、青の瞳を伏せながらこんなガキから教えてもらうことなんて何もない、と呟く。
ひどい言い草に戸惑ったが、それを制したのは夜継だ。

『最初言った通り白雪を、ただ“雪男”扱いして何気ない会話をしてくれればいい』
『?、白雪さんはれっきとした雪男じゃ…』

その程度なら、隠そうとしない限り同じ種族同士は容易に確認しあえる。
それに傍から見てもあれだけの冷気と凛とした青の瞳。そうしてこの美貌を見ればもう確実も同然だ。
少女の言葉に、白雪の眉がぴくりと動いた。

『あんたはこいつが、こんな気候の日に寒い寒い言ってるのが気にならないか?』
『あ、驚きはしました…こんな方もいるんだと。それと何か関係があるんですか?』
『…なぁ夜継、もういい。頭が緩すぎる、役に立たない』

少女が頷くと、煌めく金色の隻眼を細めた夜継の横ですぐさま白雪が息を吐くように唇を開く。
声が小さくはあるものの暴言を受けるのは、生まれて初めてで身体が本能的にびくりと震えた。
一方で気にも留めず夜継が続けるので、少女も眉をハの字にしたまま続きを聞く。

『――いいや、それくらいの考えがいい。“提供”なんかよりこっちの方がいいな。よければ暫く、ここに滞在させてくれないか?』
『それは…この、社にですか?』
『この森内で雨風が凌げればどこでもいい。こいつもいるから出来れば暖かいところの方がいいが、まぁ嵐に当たらなければどうにかなる』

今回は一昨日の雨にやられてしまったんだ――そう言うと自分の肩に頭を乗っける白雪の頭をもう一度くしゃりと撫でた。
そういえば先日は雷鳴すらも轟いた、ひどい雨天だったことを思い出す。
元から冷える身体なのであれば、それはとても面倒で辛いことだろう。
見つめてくる金色の光から視線を落とすと、少女は胸に手を当てて考える。
間違えばこの森に住む妖たちに大きな迷惑を掛けることに繋がるのではなかろうか。
それでもこうして身体を震わせる、久々に出逢った同胞を見捨てるのも忍びない。

『礼もする。置いて貰える間この森の荒れ、あんたに噛み付く輩の対処などを手伝おう』

――信じても、いいのだろうか?

兄のいなくなった世界で、大きな決断をするのは初めてだ。
どうしたらいいのか、わからない。決める術を、基準を知らない。疑いだすと止まらない。
こういう時、兄なら簡単に全てを見抜いて一瞬のうちに決断を下してしまうのに。

『手前――名は?』

思考を馳せている最中、ふと聞こえた音に顔を上げると、切れ長の青の瞳が煩わしそうに少女のことを捉えていた。


『私、は――…希隻といいます』






些細なことでも大きな前進