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『前々から思ってはいたが――お前は案外馬鹿なのか?』

帰ってきた夜継はそう言って、元から冷たいその手が、まるで死人のようにひんやりとしているの懸命に擦る。
くしゃみを三連続でして顔に不釣合いなおじさんのような声を挙げた白雪は、何か言いたそうにしていたがまた改めてくしゃみをして、その言葉を渋々呑み込む。
希隻が社の奥からありとあらゆる羽織を引っ張り出して、普段首に巻いている襟巻きでさえも白雪のその白い首に掛けてやった。
細い肩にどっさりとした羽織を纏った白雪は、それでも鼻を赤くして身体を震わせている。
夜継が彼の額に手を当てたりして、無表情なその金色の瞳を細めていた。
希隻はただ彼等の前でぱきぱきと音を立てて燃える囲炉裏に、無心に薪を追加して炎を出来るだけ大きくするよう努めるしかない。

希隻が言ったあの言葉に最初は眉根を寄せた白雪であったが、どうしても外に行きたいと粘ると最後には渋々首を縦に振ってくれた。
一応その時点で沢山着込んで外に出たのだが、やはり寒いものは寒かったらしい。
あまりに震える白雪に一度はやはり戻ろうかと提案したが、「俺のことはいい」と言って頑なに断られたので最後は希隻一人ではしゃいでしまった。
白雪も、一応手を伸ばして、その空から降り注ぐ淡く儚いものに触れてはいたようではあったが、彼がそれらをどう感じてくれたのかははっきりとわからない。
そしてそうこうしているうちに結局指先から身体まで、すっかり冷やしてしまった。
二人して社の中へ戻った時はもう雪は止んでしまっていたと思う。
暫くして夜継が帰ってきて、囲炉裏の前で震えている白雪を見るなり隣に座ってその手を取って、ようやく室内が暖まり始めた頃口にした一言が冒頭のソレだった。

『留守を任すと言っただろう』
『悪かった。ちょっとだけ、魔が刺したんだ。もうしねぇよ』

冷えたその手を擦りつつ、時々はぁ、と息を掛ける夜継を、白雪はぼんやりと見つめていた。
説教じみた物言いにも、白雪にしては珍しく静かに頷いている。
社へ戻る際、白雪に「手前は余計なことを言わなくていい」とあらかじめ断られていたので、希隻はひたすら口を閉ざして薪を足し続けた。
白雪は希隻の、「私が誘ったのがいけないんです」「白雪さんのせいじゃありません」だとか、そんなありきたりな言葉はいらないと言っているのだ。
逆に無理にでも今ここで希隻が唇を開けば、今度こそ本気で白雪に怒られかねない。
充分我儘を聞いてもらい、しかもその結果がコレだったのでこれ以上彼の手を煩わせることも希隻の本意ではなかった。

『まだ寒いか?』
『……少し。でもさっきよりだいぶマシだ』

夜継の大きな手が、白雪の細く白い手を指先までしっかりと包み込む。
ごおごおと炎が燃えていることもあって、きっと室内は外よりずっと熱を持っているはずだ。
少なくとも寒暖の感じ方が特別でない夜継が、羽織や結袈裟を取って着物の袖を軽く捲ってしまうくらいの温度であった。
人工的な暑さに弱くない希隻でも、時々あまりの熱にくらりとする。それでも白雪にとってはまだ「温かく」はない。

『――雪はどうだった?久しぶりだろう。少なくとも俺と一緒にいるようになってから、お前が嫌だと避けるものには触れさせてこなかった』

もう外もすっかり明るくなり、まだ太陽が頂点へ昇っていない時間帯。
室内に充満する熱に浮かされるようにいつの間にか眠気が差し、しんと静まり返った室内で独り言のようにぽつりと漏らしたのは夜継だった。
その声にふと希隻は顔を挙げる。
調子に乗って朝早く目覚めたことや、屋内に充満する熱のこともあってうっかり寝てしまいそうになってしまったところだったのだが、希隻も白雪が雪をどう感じたのかについて気になっていた。
天に手を伸ばして、すっと青いその瞳を細めた彼は、一体何を思っていたのか。
希隻が無理に連れ出したことは、彼にとっては迷惑でしかなかったのではないか。
思わず白雪の方をちらりと見ると、また眉間に皺を寄せた視線がこちらをじっと見つめていた。
曖昧に笑って目を逸らそうとするものの、それより先に不機嫌そうな声に呼び掛けられる。

『雪。どれくらい溶けてきたのか見てきてくれ』
『え?』
『いいから行けよ』
『は、はい』

突然手つきの動作で露骨に追い払われ、希隻は慌てて暖かさが逃げないよう身を細くし、障子を開けて外へ出た。
沢山の薪を足しただけあって、室内はとても「暑い」。
唇から白い息が零れ、ひんやりとした気温はじんわりと希隻の心を落ち着かせてくれる。
もうすっかり雪は止んでしまっていて、白雪が言ってきたようにほんの少しだが雪も溶けつつある。
しかし、わざわざ見に行くような具合の溶け方ではない。
仕方なく社の縁に腰かけて、そっと障子の中の会話へ耳を傾けてみたが、喧嘩なら兎も角元から二人とも声を大きくじて自己主張する性格ではないので、内容そのものは聞き取れなかった。


『聞かなくても判ってる癖に、今のわざとだろ。性格歪んでるな』
『お前こそ意地が悪い。しかも都合が悪くなると追い出すとはな』
『五月蝿い、夜継には関係ないだろ』

一方希隻がいなくなった屋内では、珍しく夜継がほんの僅かに苦笑しながら肩を竦めた。
不機嫌そうに抗議した白雪は、そのまま夜継の肩に顔を埋めると拗ねたように口を噤んでしまった。






暖かさが流れ込んでくる